超伝導転移温度の推移

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( Last updated: Nov. 08, 2023 )

超伝導転移温度の記録の変化をグラフにしました。(Made by S. Kittaka, in collaboration with S. Kitagawa)

参考にした論文の一覧はこちら。更新履歴はこちら


- Records of the superconducting transition temperature Tc -

超伝導転移温度の推移

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超伝導の歴史

~ 超伝導の発見 ~

超伝導とは、ある温度以下で電気抵抗がゼロになり、また同時に物質内部から磁束が排除される現象である。1908年、ヘリウムの液化成功(沸点:4.2 K)により低温環境の実現が可能になり、それから間もない1911年、カメリン・オネスによって水銀で初めて超伝導が報告された[参考:Physics Today 63, 9, 38 (2010)]。それ以後、様々な物質で超伝導が発見され、超伝導転移温度の記録も次々と更新された。


~ BCS理論の登場 ~

超伝導を説明する理論の登場は水銀超伝導の報告から40年以上後の1957年、Bardeen、Cooper、Schriefferによって提唱された[参考:Phys. Rev. 108, 1175 (1957)]。その理論は提唱者の頭文字をとってBCS理論と呼ばれている。BCS理論では、2つの伝導電子が電子格子相互作用でペアを組み、秩序化するというモデルで比熱の温度依存性やマイスナー効果など多くの超伝導の性質が説明された。BCS理論の枠組みでは電子格子相互作用を強くすると超伝導転移温度(Tc)の上昇が期待されるが、相互作用が強くなりすぎるとTcは頭打ちとなり一般的な金属ではせいぜい40 Kが限界であると予想された[McMillanのTc公式を参照:Phys. Rev. 167, 331 (1968)]。


~ 重い電子系超伝導の発見 ~

電子間にクーロン斥力が強く働くランタノイドやアクチノイドを含む物質群では、伝導電子の有効質量が何百倍にも増強されたかのような振る舞いが見られ、重い電子系と総称される。1979年、CeCu2Si2において重い電子系物質で初めての超伝導が報告された。強いクーロン力が働くにもかかわらずクーパー対を形成することは従来の格子揺らぎ機構(BCS理論)では説明できず、この発見は大きな注目を集めた。その後、様々な重い電子系物質で超伝導が発見され、BCS超伝導の枠を飛び出し、超伝導の世界は大きく広がった。


~ 有機超伝導体の発見 ~

1980年、有機物が初めて超伝導になることがJéromeらにより報告された。その発見を契機に、多くの有機物で超伝導が発見された。有機物超伝導体の多くはクーロン斥力に比べホッピングが小さいため、電子相関が重要となり、非BCS超伝導性を示す。また、有機物は物性を制御しやすい点でも、超伝導の研究に大きく貢献している。


~ 銅酸化物高温超伝導フィーバー ~

1986年、BednorzとMüllerにより、従来は絶縁体である銅酸化物にキャリアをドープすることで超伝導になることが報告された。その超伝導転移温度(30 K)は当時発見されていたどの超伝導体よりも高く、 数ヶ月後にはBCSの壁を大きく超える90 K以上で超伝導を示すYBa2Cu3O7-xが発見され、銅酸化物で高温超伝導探索のフィーバーが巻き起こった。数年後にはHgBa2Ca2Cu3Oxの超伝導転移温度が圧力下で164 Kにまで上昇することが報告され[参考:Phys. Rev. B 50, 4260 (1994)]、現在の最高記録は166 Kとされている[参考:Europhys. Lett. 72, 458 (2005)]。この温度は超伝導オンセット(試料の一部が超伝導になり始める)温度であり、ゼロ抵抗状態が観測された最高温度は2013年1月に産総研の竹下らによって153 Kに更新された[参考:J. Phys. Soc. Jpn. 82, 023711 (2013)]。


~ 新たな超伝導フィーバー:鉄系超伝導 ~

2008年2月、東工大の細野教授のグループで20 Kを超える超伝導が鉄を含む酸化物で報告された。その僅か3ヶ月後には銅酸化物以外で初の50 Kを超える超伝導体が鉄酸化物で発見され、世界中の注目を集めた。arXivには毎日のように論文が投稿され、激しい競争が繰り広げられた。2012年には特殊なSrTiO3基盤上にFeSe(転移温度は通常9.4 K)薄膜を作成すると転移温度が大きく上昇することが報告され[参考:Chin. Phys. Lett. 29, 037402 (2012) または arXiv:1201.5694]、2014年11月には100 Kをも超えることが報告された[参考:Nature Mater. 14, 285 (2015)]。


~ 従来型の高温超伝導!? ~

2015年8月、超高圧下(~150 GPa)で水素化合物H3Sが203 Kの超伝導を示すことが報告された。同位体効果は従来のBCS理論とよく一致しており、水素原子に特有の高周波格子振動を介したBCS型超伝導であることが示唆される。2018年8月には超高圧下(~150 GPa)LaHxにおいて215 Kの超伝導が速報され(arXiv:1808.07039)、その2日後には別のグループから超高圧下(~200 GPa)LaH10±xにおいて260 Kの超伝導が速報された(arXiv:1808.07695)。さらに、2023年3月には10 kbarという比較的低圧下で窒素ドープのルテチウム水素化合物が294 Kの室温超伝導を示すことが報告された[参考:Nature 615, 244 (2023) 注)。超伝導転移温度の記録を塗り替える発見であり、今後の研究の展開に注目が集まる。
注)NatureでC-H-S論文が撤回されたグループからの報告。実験データの解釈には議論の余地があり、他グループによる続報に注目したい。
【続報1:Nature (2023)】【続報2:arXiv:2306.06301】【続報3:Editor's NoteRetracted (Nov. 2023)】


~ 常圧下室温超伝導の夢 ~

・・・ きっと、いつの日か ・・・。



超伝導転移温度の一覧

グラフにプロットした超伝導体の詳細を一覧表にしました。(“link”をクリックすると論文ページにとべます)

Compounds year Tc (K) Reference link
BCS
Hg 1911 4.2 Commun. Phys. Lab. Univ. Leiden 120b (April 1911)
reprinted in Proc. K. Ned. Akad. Wet. 13, 1274 (1911).
Commun. Phys. Lab. Univ. Leiden 122b (May 1911)
reprinted in Proc. K. Ned. Akad. Wet. 14, 113 (1911).
-
Hg (電気抵抗の図) 1911 4.2 Commun. Phys. Lab. Univ. Leiden 124c (Nov. 1911)
reprinted in Proc. K. Ned. Akad. Wet. 14, 818 (1911).
Commun. Phys. Lab. Univ. Leiden. Suppl. 29 (Nov. 1911).
-
Pb 1913 7.2 Proc. K. Ned. Akad. Wet. 16, 673 (1913). -
NbC 1930 10.3 Zeitschrift für Physik 65, 30 (1930). -
NbN 1941 16 Physikalische Zeitschrift 42, 349 (1941). -
NbC0.3N0.7 1953 17.8 Physical Review 92, 874 (1953). link
Nb3Sn 1954 18 Physical Review 95, 1435 (1954). link
Nb3Al0.8Ge0.2 1969 19.2 Applied Physics Letters 14, 389 (1969). link
Nb3Ge 1973 23 Applied Physics Letters 23, 480 (1973). link
MgB2 2001 39 Nature 410, 63 (2001). link
Hydride
H3S
(P ~1500 kbar)
2015 203 Nature 525, 73 (2015). link
LaH10
(P ~1500 kbar)
2019 250 Nature 569, 528 (2019). link
LaH10±x
(P ~2000 kbar)
2019 260 Physical Review Letters 122, 027001 (2019). link
C-S-H 2020 288 Retracted: Nature 586, 373 (2020). link
N-doped lutetium hydride
(P ~10 kbar)
2023 294 Retracted: Nature 615, 244 (2023) link
Heavy-fermion
CeCu2Si2 1979 0.6 Physical Review Letters 43, 1892 (1979). link
UBe13 1983 0.9 Physical Review Letters 50, 1595 (1983). link
URu2Si2 1985 1.5 Physical Review Letters 55, 2727 (1985). link
UPd2Al3 1991 2 Zeitschrift für Physik B Condensed Matter 84, 1 (1991). link
CeCoIn5 2001 2.3 Journal of Physics: Condensed Matter 13, L337 (2001). link
PuCoGa5 2002 18.5 Nature 420, 297 (2002). link
Organic / Carbon-based
(TMTSF)2PF6
(P ~10 kbar)
1980 1.3 Journal de Physique Lettres 41, 95 (1980). link
(TMTSF)2ClO4 1981 1.4 Physical Review Letters 46, 852 (1981). link
(TMTSF)2FSO3
(P =5-6 kbar)
1983 2.1 Physical Review B 27, 1947 (1983). link
β-(BEDT-TTF)2AuI2 1985 5 Inorganic Chemistry, 24 2465 (1985). link
β-(BEDT-TTF)2I3
(P =1.3 kbar)
1985 8 Journal of the Physical Society of Japan 54, 1236 (1985). link
κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 1988 10.3 Synthetic Metals 27, A473 (1988). link
K3C60 1991 18 Nature 350, 600 (1991). link
Cs2RbC60 1991 33 Nature 352, 222 (1991). link
Cuprate
La2-xBaxCuO4 1986 30 Zeitschrift für Physik B Condensed matter 64, 189 (1986). link
La2-xSrxCuO4 1987.1 40 Physical Review Letters 58, 405 (1987). link
YBa2Cu3O7-x 1987.3 93 Physical Review Letters 58, 908 (1987). link
BiSrCaCu2Ox 1988.2 105 Japanese Journal of Applied Physics 27, L209 (1988). link
Tl2Ba2Ca2Cu3Ox 1988.3 120 Nature 332, 138 (1988). link
HgBa2Ca2Cu3Ox 1993 133 Nature 363, 56 (1993). link
Fe-based
LaFePO 2006 4 Journal of the American Chemical Society 128, 10012 (2006). link
LaFeAs(O1-xFx ) 2008.2 26 Journal of the American Chemical Society 130, 3296 (2008). link
NdFeAs(O1-xFx ) 2008.5 51 Europhysics Letters 82, 57002 (2008). link
SmFeAs(O1-xFx ) 2008.6 55 Chinese Physics Letters 25, 2215 (2008). link
Gd1-xThxFeAsO 2008.9 56 Europhysics Letters 83, 67006 (2008). link

News

2023年6月
2023年6月23日の日本経済新聞(Researcher View)の記事『室温超電導『成功』の報告、再現困難でも次の発見に』に関して取材に協力しました。電子版はこちら
2023年6月
科学雑誌『Newton』(ニュートンプレス)2023年6月号にて図が引用されました。
2021年1月
科学雑誌『Newton』(ニュートンプレス)2021年1月号にて図が引用されました。
2019年8月
2019年8月26日の朝日新聞の記事『(科学の扉)「室温で超伝導」目前 理論が示す結晶、世界がレシピ競う』で図が引用されました。電子版はこちら
2019年7月
2019年7月14日の日本経済新聞(サイエンス面)の記事『夢の「室温超電導」へ前進』にて図が引用されました。最近の超伝導研究に関して取材に協力しました。
2019年7月
日本経済新聞・電子版の記事「夢の超電導、超高圧実験で再燃 冷却不要に迫る」(2019年7月13日)にて図が引用されました。
2015年11月
科学雑誌『Newton』(ニュートンプレス)2015年11月号にて図が引用されました。
2011年10月
物理科学月刊誌『パリティ』(丸善出版)2011年10月号にて図が引用されました。


更新履歴

2023.03.08
窒素ドープのルテチウム水素化合物で10 kbar (1 GPa)でTc=294 Kの超伝導が報告されました。文献情報を更新しました。
2022.09.27
Nature 586, 373 (2020)の論文がEditorにより撤回されたため、2020年10月版グラフ(preliminarily C-S-H version)を非公開にしました。
2020.10.15
Tcの最高記録が288 Kに更新されたとの発表がありました。2020年10月版のグラフ(preliminarily C-S-H version)を追加しました。
2020.04.01
当サイトを「東京大学物性研究所 橘高俊一郎 personal page」から「中央大学 極限凝縮系物性研究室のホームページ」に移設しました。
2019.05.23
LaH10の文献情報を更新しました。
2019.01.15
LaH10+xの文献情報を更新しました。
2018.09.02
水銀超伝導の発見を報告した文献を修正しました。「~ 超伝導の発見 ~」のトピックに参考文献(Physics Today)を追加しました。
2018.08.24
Tcの記録が260 Kに更新されました(arXiv:1808.07695)。2018年8月版のグラフ(preliminarily LaH10 version)を更新しました。
2018.08.22
Tcの記録が215 Kに更新されたとの速報(arXiv:1808.07039)を受け、2018年8月版のグラフ(preliminarily LaHx version)を追加しました。一覧表にもLaHxを追加しました。
2018.08.21
2018年8月版のグラフ(Heavy-fermion version)を追加しました。
2018.08.20
2018年8月版のグラフを新たに作成しました。(H3S超伝導を追加)
2016.11.07
「BCS理論の登場」のトピックにMacMillanのTc公式の引用を追加しました。
2015.09.18
FeSe薄膜における超伝導転移温度上昇の情報を追加しました。
2015.09.08
「従来型の高温超伝導!?」のトピックを追加しました。
2013.04.01
ゼロ抵抗状態の最高温度の更新情報を追加しました。
2008.11.05
超伝導転移温度の推移のページを公開しました。